「イギリス人の患者」を読んだ
「イギリス人の患者」
マイケルオンダーチェ著
映画イングリッシュペイシェントの原作でもあるそうです。とはいっても、映画は本とは結構違うようですが。

舞台は第二次世界大戦終わり頃。
崩れかけたかつての野戦病院。みんな場所を移動した後、動かすことが危険と判断された1人の患者。全身やけどで顔もわからず、話すことはできるものの、動くことはできない。身元は不明でただイギリス人であることしか分からない。そんな患者に付き添う若い看護婦ハナ。
誰もいなくなった崩れかけの廃墟でたった2人生活をしている。
そこへ、ハナの居どころを嗅ぎつけた1人の男が現れる。彼、カラヴァッジョはハナの父親の古くからの友人でハナのことは幼い頃から知っていた。
また、もう1人、インド人の工兵キップが加わり4人の共同生活が始まる。そしてその中で、各自が何を経験したのかが語られていく。
果たして、イギリス人の患者は何者で、どういう経緯でここにたどり着いたのか…。
4人みな、戦争で大切な人を失ったり、過酷な目にあったり傷ついている。
ハナとキッブの若い2人の恋。かつては浮き名を流したカラヴァッジョの悲哀。イギリス人の患者の謎めいた過去。
現在と過去とが交錯して描かれており、人称が旧に名前から男と女に変わったり、ちょっと読みにくい部分もあります。
文章はとても詩的で美しく、悲惨な場面も一枚紗をかけたように表現されているのでどこか夢の中のよう。戦争の痛みが静かに伝わってくる感じです。
中年男のカラヴァッジョもいい味出してますが、キップかとても良い。キップの仕事は地雷の除去。危険をかえりみずに職人のように作業をこなしていく姿がなんとも。
献身的な看護婦ハナとキップ、そんな2人の恋は果たしてどうなるのか。
映画の方を見ていないので、映画を見てみたくなりました。
「飛ぶ男」安倍工房
「飛ぶ男」安倍工房著 読みました。
文庫本、手に取りやすい薄さです。

飛ぶ男
題名通り、まず飛ぶ男が出現します。
それもマントをつけてスーパーマンのように飛ぶのではなく、直立で浮いて水平方向にゆっくり移動するような飛び方。地味です。
飛ぶ男は電話中で、相手は腹違いの兄。兄のマンション近くに浮いているわけです。
最初、弟だと名乗る急な電話に戸惑う兄ですが、電話中、なんと飛ぶ男は兄の隣の部屋の住人の女性に空気銃で狙撃されます。
傷ついた飛ぶ男は、兄の部屋に逃げ込みます。
そこへ、狙撃した隣の女性も飛ぶ男を探して部屋を訪れてくる…。そして、という話です。
飛ぶ男、奇想天外な設定でありながら、人物ややり取りの描写がとてもリアルなため、読んでいるうちに、ファンタジーではなくドラマとして読んでいる。さすが、安倍工房ですよね。
ところがこの話、実は未完なんです。
なんでも安倍工房の死後、見つかったものだとか。なので短い。
完成していたら、この話どのように展開し、着地したのでしょう。気になりますね。
同じ本にもうひと作品含まれてます。
「様々な父」
2つの不思議な薬を父親が息子に差し出します。一つは飛ぶ薬、もう一つは透明になる薬。どちらがどっちなのかは飲んでみないと分からない。父親は息子にどちらか選べと迫ります。そして残った薬を父親は飲みます。すると体が見えなくなる。どうやら父親の薬は透明になる方だったようです。ということは息子が選んだ方は飛ぶ薬だったようです。
そう、この「様々な父」に続く話が「飛ぶ男」のようです。様々な父を読むと、飛ぶ男がなぜ兄の元にやってきたのか分かるのです。
安倍工房といえば、「砂の女」や「箱男」。現実にありそうでない変わった設定でありながら、なぜかリアルで引き込まれてしまう。この人の作品の特徴でしょうか。
何が言いたいのだろうと、考えると難しい。でも、深い意味は理解できなくても感覚的に楽しめてしまう。
安倍工房はかつてノーベル文学賞の候補にもあがっていたのだとか。受賞は叶わなかったものの日本が世界に誇れる小説家であることは間違いないですよね。
どちらの話も短編で読みやすいです。
安倍工房の世界を楽しみたい人は是非。
「辺境メシ!」高野秀行著 読んだ
世界を旅して、面白い紀行文を出している高野さんの本です。
この本の着目点は「食」
世界中、地域ごとに著者が食した料理、たまに料理前の生素材について、レポされています。
いやいや本当にすごい!の一言。

もちろん食べてみたくなる食べ物もたまにありますが、想像通り、蛇、ワニ、カエル…そして、虫!
ところ変われば、食べ物の素材も調理方法も変わる。
旅する中で現地の人と打ち解ける、信頼してもらうには、同じ食べ物を食べるというのは、とても有効な方法だというのも頷ける。
頷けるけれども、私には、とても無理だなと。
蛇やカエルならば調理法によってはいけるかもしれなきけれど、虫、はねー。
それに一番ひいたのは、カエルの生ジュースかも。
勘違いから料理前の素材も生のまま食べてしまい、現地の人に驚かれたりすることも。ホントすごい。
時々、想像するだけで「ひく」ものもありますが、とにかく著者のバイタリティに感服。
食が、世界最後の秘境と言ってますが、この本読むと頷ける。
面白い!
けれど気持ち悪くなる人もいるかもしれない。
「死刑にいたる病」櫛木理宇著
秋、読書の秋、到来です。
秋の夜長に面白いミステリーを。
「死刑にいたる病」を読みました。

簡単に言ってしまえば「サイコパス」の話ですね。
まずは簡単にあらすじを。
主人公の青年は子供の頃こそ神童と言われるほど勉強ができたが、高校入学あたりから落ちぶれ、今はFランクの大学に通っている。俺はもっとできるはずだというプライドにより、周りの大学生に馴染めずにいる。
そんな彼の元にある人物から手紙が届いた。
その人物は連続殺人事件の犯人。正確な被害者数は分からないが、その男は9件の殺人で起訴された。被害者は1人をのぞいて高校生の男女。どれも壮絶な暴行の後があった。
青年は彼の営んでいたパン屋の常連であった。好奇心から青年は彼に面会しに行き、ある依頼をされる。
それは、起訴された事件のうち一件は自分がやっていないものだ。それを調べて証明してほしいというものだった。
青年は迷いながらも、依頼を引き受け、男のことや事件について調べていく。
徐々に明らかになっていく驚愕の事実とは?
なぜ、男は彼に依頼をしたのか?
男は起こした凄惨な事件とは裏腹に饒舌で外面の良い典型的なサイコパス。青年は、男と接するうちに、嫌悪感がわくどころか、魅せられ、少なからず影響を受けていく。その過程が恐ろしかった。
面白いです。
サイコパスってやっぱり怖い。
「護られなかった者たちへ」読んだ
「護られなかった者たちへ」中山七里著
読みました。

中山七里さんの本は、どれも面白く読みやすい印象ですが、今回の本は読み応えがありました。
護られなかった人たちとは、何から護ってもらえなかったのか。それは国のシステム。
最低限度の文化的な生活を営む権利、言うまでもなく憲法で保証されてる私たち国民の権利です。そのため、様々な事情で金銭的に生活を営むのが困難になった時、「生活保護」というシステムがある訳です。
が、実際には、不正受給の問題があり、自治体も申請すれば簡単に許可するという訳にいかない事情がある。本当に必要とする人達に救いの手を差し伸べる。そのための受給の判断は難しい。その問題を扱った小説でした。
簡単にあらすじを。
ある日。廃アパートの一室で死体が見つかった。原因は餓死。だが、手足の自由は奪われ他殺と見られる。殺された当人は誰に聞いても恨みをかうような人間ではない。善人と評判の人物。
そしてまた二つ目の餓死死体がみつかる。その死体の人物も恨みをかうような人物ではない。
だが、似たような手口のため、関連を疑った警察は2人の接点を探ると、過去に2人は同じ保険事務所で働いており、2人とも生活保護の申請に関わる仕事をしていた。
果たして、過去に何があったのか。なぜ、悲惨な死をとげなければならなかったのか。
生活に困る人々に救いの手を差し伸べるための生活保護。だが、実際には予算や国の意向により、いつしか、申請に来た人をいかにふるい落とすのかが目的になってしまう役所の仕事。
必要な支援が受けられなければ、そこに待っているのは過酷な生活、そして悲惨な死。
考えさせらてしまいます。
なんだか、切ない気持ちになる結末でしたが、面白かったです。
「自分とかないから」しんめいP著
小説を読むことが多いのですが、今回は珍しく東洋哲学なる本を読みました。

哲学ってなんだか難しそうですよね。答えの出ない難問を考え続けてるようなイメージ。全く私には知識がありません。まして東洋哲学。
何それ?ってレベルです。
正直、西洋哲学に比べて辛気臭いイメージ。
老子とか荘子とか、気難しそうな顔したおじいちゃんが説教しているような…読む気しない。
でも、この「自分とか、ないから」は、哲学の本にしては珍しく人目を引く明るい黄色の表紙。そして変なタイトル。思わず手にとってました。
思う壺ってやつです。
著者は東大出、一流企業に就職したエリートです。でも、彼はすぐに辞めてしまいます。自分が仕事ができないことに気づいてしまった。おまけに離婚。家族まで失い引き篭もります。
そこで出会ったのが東洋哲学だった。
この本、とても真面目に東洋哲学を扱っています。しんめいPなどおかしな著者名だったり、柔らかそうな本の雰囲気だったりしますが。
文章もやわやわです。ページ開いて思うのは哲学の本なのに文字少なっ!
だからこそ読む気になりました。
東洋哲学なんて触れたこともない私でも聞いたことのある「空」「タオ」「禅」など解説しています。お馴染みの「仏陀」「老子」「空海」などなども登場します。
抽象的で解釈の難しいことをとても分かりやすく説明してくれています。
それでもやっぱり難しい部分は理解しにくい。全体的におおよその解釈はできる感じでしょうか。多分私の場合、理解できた部分はほんの上澄み部分のみ。それでも結構満足感。
本当に難しい部分は著者自身が正直に分からないと言ってます。だから、あぁ、理解できなくて当然なんだ、分からなくても、少しでも何か感じ取れるところがあれば良いのだなと感じさせてくれます。
登場する人物たち、仏陀だの老子だの空海だの、名前だけだととっつきにくい人ばかりですが、とっても親しみやすく書いてくれているので興味がもてます。
自分探しをしても分からないよ、そもそも自分なんてフィクションで何もないのだから。空っぽなのだから。それどころか世の中全ての人、物もフィクションであり空っぽであり、そして繋がっており…
難しいけど、なんか楽になる感じは分かりました。
自分のことなんて、多分自分あまり分かってない。他人の思うイメージ、どう見られているかに囚われて、それに合わせて演じている部分だってある。正直になってみな、あなたらしく!なんて言われても、私らしいってどんな感じなのか分からない。
周りでなくあなたはどう思うの?なんて問い詰められても、いや、正直どうでもいいよなーなんて思うことも、それで結局この熱き人はどんな回答求めていてどう答えたら満足するんだ?なんて考えることもある。
私って思った以上に自分がないのかもしれない。なんて情けない。
でも、そもそもあなたは空っぽ、何にもない、そしてそれで良い。流れていく水のように身を任せていれば良い。さすれば無我の境地に辿り着く?
なんて楽。
東洋哲学ってとても人に優しい哲学なのかもしれない。
多分著者の言いたいことほとんど理解してないかもしれないし、違った、都合の良い解釈しすぎかもしれないけれど、なんだか楽になった。
噛み砕いて噛み砕いて噛み砕いて、離乳食のようになった東洋哲学。超初心者でも楽しめます。面白いですし、読みやすいです。
おすすめです。
すごい本「ドグラマグラ」と「胎児の世界」
今回は2冊ご紹介♪

この2冊、ドグラマグラは小説、胎児の世界は真面目な初心者向け医学関連の新書です。
分野の違うこの2冊。これから説明しますがかなり関連のある2冊です。
まず、「ドグラマグラ」
夢見る阿呆という意味を持つ著者、夢野久作の代表作ですが、この「ドグラマグラ」は、なんと日本三大奇書の一つとされています。他の二つは小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」と中井英夫の「虚無への供物」。いずれも1930から60年代頃の古い推理小説。
ちなみに私は他の2冊は読んだことが残念ながらありません。
このおどろおどろしいタイトルのドグラマグラ、読むと気が狂うという説まであります。でも、多分大丈夫。私、3回読んでます。多分、まだ正気保っています。
話のあらすじは簡単に
と言いたいのですが、その前に…
この小説、個人的に話の筋はあまり気にせず、ただ小説の世界に身を委ねて楽しむことを推奨します。この小説は話の筋よりも枝葉の部分と世界観がとても面白い。
だからあまり話の筋を理解することに集中しない方が世界観を楽しめる気がするんです。
出だしが秀逸です。
若い人は知らないかもしれませんが、古いねじまき式の柱時計の時刻をつげるボォーんという音がなる前のネジ?が巻かれるジーッという音から始まります。なんのこっちゃって感じですが。
私が幼い頃、祖母の家にこのタイプの柱時計があり、その部屋には大きな仏壇があったのですが、泊まりに行くといつもそこの部屋で寝かされていて、子供ながらになんとなく怖い部屋でした。夜中時刻を告げる音がなるのですが、これまたなんとなく不気味で怖くて、そのためその直前のネジを巻くような音がすると目が覚めたりして。
そんなこともあり、私の場合、この小説の出だしで心持って行かれたのです。
1人の青年はある部屋に閉じ込められている。隣の部屋には彼の妹と思われる女性も閉じ込められており、「お兄さま」と語りかけている。そこは精神病棟の一室で、彼は自分が何者なのかを思い出せない。そんな時、若林という1人の博士に会う。彼はある実験をされており、自分が何者かを思い出すために、正木という教授の書いた論文を読まされる。レトロで耽美的ないかにも大正から昭和な世界にどっぷりと引き込まれていきます。
こんな調子で解説していくとかなり長くなってしまうので端折りますが、出てくる登場人物、博士などとっても癖がある。その博士の研究もなんだか怪しさ満点。精神医学とでもいう内容かなとは思うのですが、気狂いと精神病棟を扱った論文「キチガイ地獄」や胎児の精神発達を扱った「胎児の夢」など話の中に出てくるのですが、それがとても面白い。
そんなこんなでなんとなく読み進めていけるわけですが…
最初読み終わった時の感想は、
面白かった、でも、なんだかよく分からない、なんだったんだろう今のは。始終話に振り回されていたような、チャカポコチャカポコスチャラカチャカポコ…でした。
読んだ人なら分かってくれるはず。
そして2回目、今度は話を理解したいと思って話の筋を追うことを中心に据えながら読んでいきました。そこでやっと話の内容が分かります。
面白かったです。2回目も。
ただ、やはりわけもわからず翻弄されまくった1回目の読み方の方が、この小説を思う存分味わえるのかなと思いました。この作品に翻弄される感じ、これこそがその作品を楽しむ醍醐味なのかなと。
結構長い話です。長い話が苦手な人は「気狂い地獄」と「胎児の夢」だけでも読んでみてほしい。
そしてこの「胎児の夢」小説中ではかなり奇想天外な論文という気がするのですが、実はあながちフィクションではありません。
ここで触れたいのがもう一冊の「胎児の世界」です。女性の小さな臓器、子宮。そこで育つ胎児。ご存知の通り本当にミクロな受精卵から始まりおよそ10ヶ月かけて赤ちゃんまで成長するのですが、その成長の過程を研究していくと意外なことが見えてくる。
実はただ単に成長して人間の形になるのではなく、生物の進化の過程を辿るというのです。しかも過去何十億年という歴史を持つ地球の生物が絶滅しかけた記憶すら再現するという。
小さな胎児のたかだか10ヶ月が生物の進化の歴史ですよ!考えられないくらい壮大なことがちっちゃな臓器で起きている。まさに生命の神秘です。
この過去に地球上の生物が絶滅しかけたピンチの再現、この部分がドグラマグラの「胎児の夢」に繋がってくるのです。
この小説で描かれる胎児の夢は悪夢なんです。
是非、「ドグラマグラ」のスチャラカチャカポコな世界に身をひたして翻弄され、「胎児の世界」で生命の神秘に圧倒されてください。